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「マミートラック」から生まれた私の働くスタイル

こんにちは。子連れMBA運営メンバー・のりこです。

皆さんは「マミートラック」という言葉、ご存じでしょうか。育児休業(以下、育休)などから復職した子育て中の女性社員が陥る”落とし穴”のことです。

育休からの復職後、スキルアップや昇進の機会が与えられず、まるで”陸上のトラック”を走るように同じ場所をぐるぐる回っているようだということで、ママ専用のコース=「マミートラック」と呼ばれています。

私は、自動車部品製造メーカーの総合職として入社以来ずっと、生産管理の仕事をしていました。産休・育休を2回取得し、復職しています。2回目の復職の時、これが「マミートラック」ということなのか!という現実にぶち当たり、「仕事もしたい、子育てもしたい、それは私の『わがまま』なのか?」という自問自答の日々を過ごしました。

 

 

 1回目の育休からの復職時、自分には無縁だと思っていた
「マミートラック」

 

入社後に配属された生産工場で5年間勤める中で、工場での煩雑な業務を改善するためにも、本社へ異動して現場の仕事をもっと楽にできるような仕組みづくりをしたい!と思うようになり、本社への異動を希望していました。途中、結婚・第1子を授かり産休・育休を取得しましたが、半ば執念で第1子育休の復職のタイミングで本社へ異動が叶いました。

ただ、業務内容は生産工場でやっていたこととほぼ同じです。それでも、担当製品の種類が増えたことや、海外拠点とのやりとりが生じたりと、変化はあったので、日々試行錯誤しながら業務に携わっていました。幸いなことに、職場や関係部署の方々の理解と協力を得られて働いていられましたし、昇給もスムーズにさせてもらえたので、「マミートラック」とは無縁だと思っていました。

そうして、第1子復職から1年半後、今度は第2子を妊娠し、産休・育休へ入りました。私の後任として、他の部署から3年後輩の男性が異動してきてくれました。ジョブローテーション目的で私と同期の男性も同じチームに異動してきました。

 

 2回目の育休からの復職で目の当たりにした「マミートラック」

 

第2子育休からの復職時ももちろん、業務内容は同じ。もうかれこれ10年近く同じことをやっていることに若干の飽きを感じながらも、これまで担当しなかった製品を担当することになったこともあり、前向きに業務に取り組んでいました。

しかし、復職した翌年の昇格試験対象者が決められた時のことでした。

私の後任で異動してきた3年後輩の男性と同時期に異動してきた同期の男性が、昇格試験の対象者となりました。彼らの生産管理の業務経験年数は、2年です。私の生産管理の業務年数は、その時点で10年。専門知識やスキルは私の方がはるかに上であることは間違いないのですが、私は昇格試験の対象者にはなりませんでした。

その時初めて、「これが俗にいう『マミートラック』というやつなのか…?」と感じました。自分のスキルよりも、勤続年数、日々の勤務時間が優先されていて、昇格の対象にすらならない現実を目の当たりにしたのです。

 

 まさか自分が「マミートラック」を走っていたなんて!

 

第2子の育休から復職してからは、時短勤務制度や在宅勤務制度も活用して、会社にいる時間は短くても、なるべく自分で対応できるように工夫して働いていました。

昇格対象者を決められた年も、しっかり最高評価をもらいました。

なのに。昇格試験の対象にはならなかった。「勤続年数的に、妥当な人」である男性の彼ら2人が優先されました。

そして、入社してからずっと同じ生産管理の業務に携わり続けている現実。業務経験が長く、スキルもあることから、「異動したい」と言ったところで手放してはもらえない。

 

過去のNHKニュースで、こんな記事がありました。

スキルアップや昇進の機会が与えられず、まるで”陸上のトラック”を走るように同じ場所をぐるぐる回っているようだということで、お母さん専用のコース=「マミートラック」と呼ばれているんです。

 

まさに、これです。ただただ、相変わらずの業務を与えられている。

上司や同僚の理解と協力は得られていて、働き続けることは出来ていても、組織の育成計画には入れてもらえない。

まさか自分が「マミートラック」を走っていたなんて、思いもしませんでした。

 

仕事もしたい。子育てもしたい。それは「わがまま」なのか?

 

正直、私は、「管理職になりたい!!」と強く思っていた訳ではありませんでした。ただ、業務経験年数に合わせて、仕事の幅や立場は変化させていける方が、働いていて進化していけると考えていました。だから、「マミートラック」を走り続けることは、全くの不本意なのです。

でもそうすると、「仕事もしたい。子育てもしたい。そんなの、私の『わがまま』でしかないのか?」という自問自答が始まりました。

仕事、働くことは、単純に楽しいから好きです。もちろん、経済的理由も働き続ける理由の1つです。ただそれよりも、私にとって会社は「自分らしくいられる場」であることが、一番重要でした。子供を産んでから、よりその重要性を感じるようになりました。「母ではない自分だけの時間」というものがあるから、子供との時間も大切に出来ていました。働くことは、私が自分らしくいられることでもあるのです。

一方、子育て、子供2人の命を守ること、自立・自律した人間に育てることも私にとって重要なことです。

そんな時、

「子育てをしながら働くことを選んだのは自分なんだから、たとえ不当な評価を受けたとしても、そこは仕方がないよ。組織なんだから。」

と、同じ働くママである人から、こんなことを言われたことがありました。

でも私はそこで気づきました。

「結婚して出産して、子供を持って働くということも自己責任なの?!
そんな冷たい社会、誰が暮らしたいと思うんだ?!」

産休制度、育児休業制度、労働時間短縮勤務制度など、女性が出産後も働きやすいように様々な制度が作られ、会社もコンプライアンス上取り入れています。でも、会社の中で働く人たちの意識はなかなか変わらず、「仕事もしたい、子育てもしたいなんて『わがまま』なのだろうか…」と、母親である女性たち自身もそう思えてきてしまうのでは?と思いました。

その考えに至った時、

「今は時代の狭間なんだな。これまでは仕事をするか、子育てをするか、女性は選択することが大半な時代だった。でも、これからは女性も働く時代。だから、仕事もしたいし子育てもしたいと思うのは『わがまま』じゃない! たとえ欲張りすぎだと言われたとしても、私は私でその意識を持っていればいい!」

と前向きに考えられるようになりました。

 

仕事もする!子育てもする!それが私のスタイル!

 

これまでの女性の働き方、在り方、に則らなければいけないルールなんて、どこにもありません。もちろん、マミートラックを走り続ける必要もありません。

私は、子育てしながら働くとはどういうことか、会社にいる人たちに身を以て伝える、示すことも、会社にとっても、後に続く女性たちにとっても、有意義だと思いました。今は時代の狭間で苦しいかもしれないけれど、子供たちが暮らす未来がちょっとでも良くなるならば、私が頑張るのも無駄ではないよな、と思ったのです。

だからまず、自分が仕事に対してどのような想いを持っているのか、子育てをしながら働くことが、どういう時に弊害を生じるのか、同僚や上司、関係部署の方々に必要に応じて伝えるようにしました。子育てを理由に仕事の調整が必要な場合は、きちんとその旨を伝えて、自分で考えた代替案を提案して交渉もしていました。

そうすると、私のことを「この人は、子育てもしながら、仕事もしたい人」ということが近しい人からどんどん意識づけできていきました。そして、それが私のスタイルとして、認められていきました。

一時は、昇格が出来ず「マミートラック」を走っていると感じたこともありましたが、昇格することよりも、「私は仕事もしたいし、子育てもしたいんです!」というスタイルを会社の中で確立出来たことの方が、今振り返ってみても良かったな、と感じます。

というのも、上司や同僚から「15時までなら会社にいて、それ以外は自宅で隙間時間を活用しながら働く人」と認識されていたので、私の出席が必要な会議は15時までの時間で設定してくれるようになったり、仕事の依頼や報連相はメールでのやり取りをメインにしてくれるようになったりと、周りの協力を得られるようになりました。
たまに15時を過ぎても会社に残っていると、「今日は帰らなくていいのか?」と心配してくれる同僚もいて、時には業務を手伝ってくれることもありました。また、私の働き方を知った他部署の管理職の方から、「部下である女性が近々育休から復職するが、どう働いてもらうのがいいんだろう?」と、私の考え方を聞かれることがあったり、後輩の女性からも、両立のノウハウを聞かれることが多くなったりと、私のスタイルが一つの「働き方」となっていたからです。

おかげで、2人目の子供を産んでからが仕事に育児にとても充実した日々が過ごせていました。

そう、「マミートラック」を機に自分のスタイルを確立できたおかげで!



PROFILE

おち のりこ/子連れMBA運営

海が近い田舎の街で育ち、大都会東京に憧れ続け、遊び呆けた高校3年間を浪人1年で取り戻し、念願の東京の大学へ。でも就職はUターンし、製造業の会社で自分の予想と反してバリバリ働く。2回の産休・育休を経験。入社12年目の時、夫の転職を機に会社を退職し、関西へ移住。無職・専業主婦というのを重圧に感じながらモヤモヤ生活する中、(一社)ぷちガチと出会い、リニューアルプロジェクトに関わらせてもらう中で、徐々に自分らしさ取り戻し、子どもがいるからこそ自分らしく生きるために日々奮闘中。

 

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